7月26日はスタンリー・キューブリックの誕生日。監督作で一番好きなのはどの作品ですか?

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7月26日はスタンリー・キューブリックの誕生日。監督作で一番好きなのはどの作品ですか?

スタンリー・キューブリックは1928年7月26日ニューヨーク州マンハッタンに生まれました。
代表作としては次の通りです。

「ロリータ」 (原題: Lolita)
美しい少女に惹かれる中年教授の偏執的な愛を描いたラブ・ストーリー。1962年作品。
ロリータ
ハンプシャー州ラムズデイルを訪れた中年教授のハンバート・ハンバートは、陽気な少女ロリータに心の底から惹かれてしまう。ロリータの側にいたいがためにロリータの母シャーロットと結婚する…
ジェームズ・メイスンピーター・セラーズほか出演。
http://www.youtube.com/watch?v=zRVqgvW8100
「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」 (原題: Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)
米ソ冷戦下における核戦争の恐怖を、キューブリック監督が徹底的に皮肉ったブラックコメディ。1964年作品。
博士の異常な愛情
アメリカ空軍基地の司令官が突然発狂し、ソ連の戦略核基地攻撃命令を出してしまう。緊迫した状況のなか、両国主脳はホットラインで和解するが、1機の米軍爆撃機が任務を遂行してしまう…
「ピンク・パンサー」シリーズのクルーゾー警部を演じるピーター・セラーズが、米大統領、英国軍大佐、マッドサイエンティストの1人3役を怪演。

「2001年宇宙の旅」(原題: 2001: A Space Odyssey)
人間対コンピュータの戦いを想像を絶するほどの映像と音楽を融合融合させ、アカデミー賞特殊視覚効果賞を受賞したSF映画の金字塔。1968年作品。
2001年宇宙の旅
謎の石版”モノリス”と人類との接触を、科学的根拠に基づき圧倒的な独創性と緻密な特殊効果を用いて描く。
人類がまだ見ぬ宇宙の領域に足を踏み入れた宇宙飛行士ボーマンにはキア・デュリア。ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルヴェスターほかが共演。

「時計じかけのオレンジ」 (原題: A Clockwork Orange)
アンソニー・バージェスの小説を元に、異常なほど残忍な反逆児から洗脳され模範市民、そして再び残忍な性格に戻っていくアレックスを近未来バージョンに仕上げたSF映画。1971年作品。
時計じかけのオレンジ
マルコム・マクドウェル, パトリック・マギーほかが出演。
忘れられないイメージ、飛び上がらせる旋律、アレックスとその仲間の魅惑的な言葉の数々。世にもショッキングな物語を見事に映像化。
http://www.youtube.com/watch?v=G7fO3bzPeBQ
「シャイニング」 (原題: The Shining)
スティーヴン・キング原作の名作小説を大胆な解釈で映画化した衝撃のサスペンス・ホラー。1980年作品。
シャイニング
ロッキー山上にそびえる謎めいたオーバールックホテル。ジャック・トランスは管理人として妻のウェンディと息子のダニーと共に住み込む。訪れることから始まる。息子のダニーは不思議な能力「輝き”Shining”」を持つ少年であり、この場所で様々な超常現象を目撃するするようになる。
ジャック・ニコルソンシェリー・デュバルダニー・ロイドほかが出演。

「フルメタル・ジャケット」 (原題: Full Metal Jacket)
ベトナム戦争を舞台に、殺人兵器へと変貌していく新兵たちの狂気を描いた異色の戦争ドラマ。1987年作品。
フルメタル・ジャケット
ベトナム戦争に徴兵された若者たちが地獄の新兵訓練所に投げ込まれ、情け容赦ない教官に鍛えられ、精神が壊れていき、殺人兵器へと変貌をとげていく。そして厳しい訓練を終えた彼らはベトナムへと派遣され、フエ市を悪夢のどん底に落とし入れていく…
マシュー・モディーンリー・アーメイビンセント・ドノフリオほかが出演。
http://www.youtube.com/watch?v=5IQqG0O8oQg
「アイズ・ワイド・シャット」 (原題: Eyes Wide Shut)
異常なまでの強迫観念に怯える男の姿を異常性愛を通して描いたドラマ。1999年作品。
アイズ・ワイド・シャット
ニューヨークの開業医ウィリアム・ハーフォードは、彼の妻から性の欲望を告白されたことが引き金となり、それが恐るべき殺人事件に発展していくとも知らずに自らの結婚生活を脅かすほどエロティックな衝動に埋没していく。
トム・クルーズニコール・キッドマンの二大スターが共演。

スタンリー・キューブリックは「アイズ・ワイド・シャット」を完成後、1999年に心臓発作のため死去されました。
まだまだ才能を発揮してほしかっただけに残念でなりません。

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